ブログの「カテゴリ」について
私は必要ないと思っているので、このブログではカテゴリをひとつも設定していません。毎回毎回あっちこっちに話が飛ぶし、カテゴリを設定してもそのうち全部「その他」になりそうな気がするからです。
一番大きな理由は、例えば検索結果から訪問した閲覧者が、同じようなテーマの記事を読みたいと思ってくれたときに、カテゴリは役に立つか疑問だということです。
琴欧洲という単語で訪問し、私が琴欧洲について語った記事を他にも読みたいとありがたくも思ってくださった方が「相撲」というカテゴリがあったとしてそれが役に立つでしょうか。ダイレクトに「琴欧洲」をブログ内検索したほうが確実でしょう。「相撲」カテゴリでは琴ノ若について述べていても琴欧洲は全然出てこない可能性があります。「相撲」カテゴリではあるものの、他のカテゴリにも入っていて、メインはそっちという場合もあります。もちろん、他の記事を読んで私と言う個人に興味を持ち相撲を語り合える仲になる可能性はありますしそれは非常に喜ばしいことではありますが、訪問者にとって知りたい情報がすぐ出てくることが重要なのであって執筆者はわりとどうでもいいことでしょう。少なくとも私にはどうでもいい。
執筆者に興味を持っているからという理由で読んでいるブログもありますが、検索でたまたま訪問した場合は、執筆者よりも内容重視です。
琴欧洲で検索してこの記事に辿り着いたひとがいたとしたら、カテゴリに「相撲」があるかどうかなどを確認せず、すぐにブラウザを閉じるかブログ内検索を利用するでしょう。何も問題ありません。
もちろん、ひとつのブログで「18禁イラスト」「CGIプログラム」「市役所からのお知らせの転載」などとさまざまなものを系統立てて掲載している場合は、カテゴリで絞れたほうが親切ですし便利でしょう。その場合「カテゴリ」はブログではなくHTMLで構成されたウェブサイトにおけるサイトマップと同じ働きを持つことになります。
しかし当方のように単なる独り言の域を出ていない記事しか無い場合は、ブログ内検索を分かりやすい位置に置いているのなら、わざわざカテゴリを利用する必要は無い、と判断しています。
で、全然関係ない検索で行き当たって執筆者に興味を持った例を(笑)
続日本の片隅でドイツ語を学ぶ(2010.03.14追記 閉鎖もしくは移転されたようです)はとても面白い。何か難しいことが書いてあるわけではないが、ものすごく考えさせられる内容が多い。私にとってはね。
文章がひとつひとつ、長くなくて読みやすくてテンポが良いのも心地よい。非常に誠実な文章です。苦笑してしまうような身勝手な主張もたまにあるのですが、それも下手に誤魔化したりしないで「他はどうでも私はこうだ」と事実をそのまま述べるような主張の仕方で好感が持てます。私は一目ぼれしました。
そんでちょっとだけ、再びドイツ語を勉強しようかなという気持ちになりました。安直(笑)