大学とはしご
昨日は急に、いや急なのが当たり前なのですが、お通夜で、はるばる千葉県まで出かけていました。日中は母校その1で所属研究室の教授が今年度いっぱいで定年退職されるため記念パーティーをやるから実行委員よろしくと呼び出しがありまして母校その1へ行かねばならず、黒服で打ち合わせか……と迷った末グレーのスカートと黒いセーター黒いコートで行ってきました。
お通夜は母校その2の前学長で、直接講義を受けたことはありませんが、入学式や卒業式の懇親会では何度か話をしました。私が入学した2004年時点で、大丈夫かこのじいさん足元危ういよと思っていましたが、私が数ある大学の中からあの大学を選んだのは、建学の精神と並んで書かれていた学長の挨拶に感銘を受けたからです。建学の精神は全然ピンと来なかったのですが。
式典の話は長いし眠いし、でも彼の理想と理念はとても好きだったので頑張って聞きました。疲れて寝てしまったりついつい遊んでしまったり、仕事に関わる勉強をしたかったのに途中で仕事内容が変わって目的を見失ったり、単純に面倒だし二度大学を卒業したところで何になるんだろうとか色々迷ったりしても、式典で学長の眠くて長い熱弁を聞くと、もう少し頑張ろうかなと気合を入れなおすことが出来たものです。病気で退陣してからずっと気にしていましたが、亡くなったと聞きとても残念に思いました。
ありがとうさようなら先生。
母校その1も、後任の方は決まったそうで、同じく電気化学(近頃はエレクトロニクスとかマテリアルとかなんとか横文字らしいが、私の中ではいつだって電気化学・電気電子材料・固体物性なのである)関係みたいですが、学生を引き継ぐことはなく、進学を考えている学生は学外へ出したり国外へ出したり、最初から他の研究室を勧めたりして、現在は10人に満たないこじんまりした所帯になっていました。私が在学していた頃はもっと狭い部屋に20人近くいたのに。
馴染んだ雨漏りのする、窓がたてつけ悪くて半分も開かない、水道は朝一番は赤茶色の水が出る、照明は直しても直しても暗く、女子トイレがやたらと少ない校舎から、エアコンもエレベータもある立派な新築の校舎に引っ越して、場所が変わってしまうと愛着も無いなあと思っていましたが、研究室が無くなるというのは予想以上に寂しい気持ちになるものでした。
何この拠り所が無くなった感。学科の名前が変わったときも、校舎も無いしもう未練ないなーと思いましたけど、今でもたまに訪れる(大学図書館に)ところに、私の居場所だったところがもう本当に何も無くなってしまうのはえもいわれぬ喪失感です。
あったからって何がどうってことないんだけどさ。でも記念パーティーは真面目に取り組もうと思います。各学年一人ずつと集められた実行委員は、皆さんそれぞれ中堅の研究者になっていて、話を聞くだけでも面白くてためになりましたから、縦のつながりも大事なものだなあと改めて思い、母校その2の同窓会の必要性も真剣に考えてしまったし。