王の男

 催促されたからではないですが(笑)、先日ケーブルテレビLaLaTVで観た『王の男』(字幕版)の感想を。
 どこが「王の」男なのかさっぱりぽんでした。
 という一言で終わっちゃうのもどうかと思うので、これは宣伝の仕方がおかしいだろう、という私見を述べます。話の内容を簡単に説明しますと、やたらと仲良しの幼馴染みの芸人ふたり(チャンセンとコンギル)が、王様に気に入られ宮中で過ごしているうちににっちもさっちもいかなくなりそれからどんどこしょーといったところです。
 公式サイトのあらすじでは、彼らは王の側近の重臣に捕らえられ、王が芝居を見て笑わなければ死刑だと言い渡される。とありますが、チャンセンが自分から申し出ています。それを聞いて、じゃあやってみろとなるのであって、最初は百叩きみたいな刑でした。激烈で悲劇的な運命に巻き込まれようとしていた……。という表現も、違うな、と思います。あれは運命ではなくて、どっちかっつーと飛んで火にいる夏の虫であり、自業自得の感を否めない。だから私には悲劇には思えませんでした。陰謀に巻き込まれていると言っても、真面目に政治をしない王様に業を煮やした臣下が芸人を追い出そうとしたり、嫉妬した皇后様がコンギルを亡き者にしようとしたり、巻き込まれているのではなく普通に当事者です。巻き込まれたのはむしろ、途中で知り合って一緒に芸をやっていた仲間でしょう。
 冒頭でコンギルがエロ貴族に見初められて逃げ出すあたりは確かに芸人という身分の低い立場で苦労している、という状況があったのですが、その後追われているのに王様を皮肉った芸を披露しまくって目立ってしまうのは芸人が芸でしか食っていけないにしても浅慮でしょう。迂闊過ぎる。
 それと、史上最悪の暴君に芸で挑んだ2人の男の、波乱に満ちた人生もかなり違和感があります。彼は暴君かもしれませんが、その暴君ぶりが描かれているのは、母親の死に関してああだこうだあってからが多く、それはそれで臣下たちの自業自得としか。それにああいうのを挑むって言うの? 日本語の使い方として非常に疑問です。対抗はしても芸人たちが自ら進んで王様へ向かっていっているようには見えませんでしたが。しかも「波乱に満ちた人生」って。彼らが宮中にいたのはそう長い期間では無いようだったので、「人生」は言いすぎじゃないでしょうか。チャングムはまさに「人生」って感じですけど。
 面白かったことは面白かったのですが、番組紹介と内容が違うよね、という話です。タイトルからして変だもの。なんで『王の男』なの? 王様はコンギルに興味を持つけれど、幼い頃に殺された母親を重ねている感じで、しっかり迫ってはいるものの、あまり性的な匂いは感じません。ただ寂しがっているだけに見えます。
 コンギルも嫌よ嫌よも好きのうち、と言われてもしょうがない程度の抵抗しかしていません。王様が恐ろしいのと、王様の母親への慕情を感じて多少ほだされている様子です。ハッキリしないの。それでますます王様はつけ上がり、皇后様の怒りは爆発、チャンセンは心配しまくるが空回りでどんどん立場が悪くなる。全員がだんだんやけっぱちになっていくので、全体的に自業自得の嵐です。
 だからね、宣伝がおかしい。
 チャンセンとコンギルの友情100%のくせにいちゃラブにしか見えない、お互いをかばったり心配したりするあたりは青春だなーという感じで好感が持てます。見所は、王様とコンギルではなくて、チャンセンとコンギルの友情なだけに照れも隠しもしない好意のぶつけっぷりですな。
 吹き替えではないので、チャンセン…森川智之、コンギル…石田彰は味わえませんでした。これ悔しい。でもイ・ジュンギの声はわりと渋くて心地よかったです。カム・ウソンは、雰囲気が役所広司。王様の顔は、濃くてくどくてブローノ・ブチャラティ風味。いや、ちょっと狂気を感じさせるところがあるから、吉良っぽいかもしれない。とにかく荒木飛呂彦です。背後にスタンドが見えそうでした。
 そうそう、衣装・風俗等、髪型とか建物とかチャングムとは違うので、なるほど朝鮮王朝時代と一口に言っても違うものだなあと思いました。宦官を演じる芸人は股間に「無」としてあって、チャングムだとハングルが多用されていますが、こちらの時代はまだまだ漢字も健在のようでその違いが興味深いです。

2009.03.03 Tuesday 22:13| comments (2) | trackbacks (0) |